AWHB 03-049
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文:どんぐり教育研究会
マンガ:おちゃづけ

どんぐり・スマイル <13>
「絵をかくことで育つ力 〜想像力と共感力 その3」


大人は、子どもの問題をよく性格のせいにしがちです。「乱暴な性格ね」「内気な性格ね」と。しかし、悪い性格のせいにされて、子どもは変化しようと思うでしょうか。いいえ、ますますその枠組みにはまるような行動に追い込みがちです。性格のせいにすることは、子どもに責任をなすりつける考え方ですから、親や教師はだんだんかかわりを減らしてしまうことにもなりがちなのです。無意識に責任転嫁をしていることが、よくあります。
   法政大学心理学科教授・渡辺弥生先生の言葉より


最近、「育児書を読めば読むほど、子どもをどう育てればいいのか、わからなくなってきた」と、感じておられる親御さんが少なくないようです。

たとえば、最近の育児書には「子どもに、無理ながんばりをさせることはやめましょう」「あるがままの子どもを認めましょう」という内容のことが、繰り返し書かれていることが多いようです。

以前私が受け持っていたお教室(ゼロ歳から中学生)では、最近ベストセラーになっている幾つかの育児書を、熱心に読んでおられる親御さんから、「先生、うちの子はほめて伸びるタイプなんです。それに、すごく繊細なんです。だから、絶対に叱らないでくださいね」と言われることが、何度かありました。

「子どもが育つ魔法の言葉」(ドロシー・ロー・ノルト、PHP研究所)などの本にあるように、子どもをほめて育てることの重要性については、世界中で様々な教育者が指摘しています。

しかし、
「ほめて育てる」ということは、「子どもを叱らない」ということと同じではないのです。

たとえば、これは実際に私が目の前で体験したことなのですが、「授業のあとに、親御さんとお話をしている横で、壁に落書きをはじめる」「授業中、隣の子にちょっかいを出して妨害する」「貸して、と言わずに、勝手にお友達の消しゴムを使う」などの行動をとる小学生に対しては、「あらあら。仕方がないわね」(でも、まだ子どもだから)と言って、親や指導者が「見ているだけ」ではいけません。

「この子は落ち着きがないから」「もともと、乱暴な性格なのよ」「生まれつき、口が悪いのよ」「そのうち、自分で気づくでしょう」と考え、
親が子どもを全く叱らない、何も教えない、というのは、ある意味「叱ってばかりいるのと同じ」ぐらい、子どもに悪影響を与えるように感じます。

私はこれまで、多くの教育関係の講演会などに参加しましたが、子供の心の発達を扱う心理カウンセラーや、専門の研究者の中には、「子どもが大人から、ダメなことについて、ダメといわれることは、自分の中に価値基準をつくるよりどころになる」「叱られるという体験をしない、何をしてもダメと言われない状況は、フワフワとした心もとなさを伴い、子どもが本当の自信を手にいれることが難しくなる」と指摘する声もあるのです。

               

よく考えてみれば、私たち大人にも、同じことが言えるのではないでしょうか。

たとえば、最近の育児書には、
「子どもをどんなふうに育てたいかは、ご家庭でそれぞれ考えればいい。何を我慢させるか、させないか、に正解はありません」「親が子どもと向き合いながら、そのつど考えていきましょう」という内容のことが、書かれているものを多々見かけます。

しかし、これは
一歩間違うと、「何がよくて、何が悪いかは親御さんの気分次第」「ママ友や親戚など、周囲の意見次第」ということにもなりかねません。

また、「どうすべきかは、あなた次第」「すべては、親御さんの責任です」と、質問のボールを投げ返された状態で、親御さんご自身が常に「どうしたらいいのか」悩みながら子どもと向き合う、という最近の「子育てが厳しく難しい」現状を招いているようにも感じます。

少し前に、ベストセラーになった「国家の品格」(藤原正彦、新潮新書)という本があります。そのなかで紹介されていた、会津藩の「什の掟」を最初に読んだとき、私は「何か、時代にあわない」と、正直にそう感じたことがありました。

しかし、これまで1000組以上の親子と対面し、メールやお電話で数多くの親御さんの悩みをお聞きしている経験からいえば、
世の中には「ならぬものは、ならぬ」と、子供が小さいうちに、しっかり教えなければならないことがあるように感じます。

最近の脳科学の見解によると、「人のものをとらない」「人のものを壊さない」「人に暴力をふるわない・暴言をはかない」「公共の場で、大声で騒がない」など、
人間の衝動性、自己中心的な感情をコントロールする「自己抑制力」(自制心)の発達には、12歳という臨界期があるという重大な指摘がなされています。

多くの親御さんは、「靴をそろえる」「家に帰ったらまず、手を洗う」「にこやかにあいさつをする」などができるようになれば、「うちの家庭は、しつけがうまくいっている」と考えてしまうかもしれません。

しかし、「誰にでもあいさつをしてくれる、まじめそうな人でした」と近所に住む誰もがコメントする人が、突然殺人や暴力事件を引き起こす場合もあるように、「あいさつができる」のと「自己抑制力が育っている」のは、全く違います。

「ちょっとしたことでも、すぐにキレる」「怒り始めると、手がつけられなくなる」という行動パターンは、大人になってからでは、なかなか変えることが難しいようです。
     

私も社会人になって、「何でこんなに感情の起伏が激しいのか」「何で人が嫌だと思う言葉を、頻繁に口に出すのか」と思う上司や同僚をたくさん見てきましたが、周囲の人と親密な人間関係が築きにくく、社会に適応しにくい場合もあるように感じます。

発達心理学の観点からみると、人格の基礎が完成するのは、幼児・児童期です。この時期、親や指導者は、子どもに対して「厳しすぎず」「甘やかしすぎず」、自分の行動をふりかえり、客観的・論理的にみる力や、自己抑制力のある人間に育てることは、その子の一生にもかかわる重要な課題であると感じます。

では、どうすればよいのでしょうか。

実は子どもは、生まれつき「していいこととダメなこと」の区別がついているわけではありません。たとえば「人の消しゴムを使うときは、貸してねと言うのよ」「イライラして、モノを壊したくなったら、ぐっと我慢をして深呼吸をするのよ」など、
一つ一つ教えてもらわなければ、何が善で何が悪なのか、さっぱりわからないわけです。

たしかに子どもは、活発に動き回るようになる頃から、スーパーのお菓子を勝手に持ち帰ろうとしたり、お友達の髪をひっぱったり、お店のものに触ったり、いろいろなことをしでかしますが、それは「生まれつきの性格」や「親を困らせるために」やってしまうのではなく、単純に「いけないことだと、わからない」だけなのです。

(次回に続く)

        2011/06/09掲載

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