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文:どんぐり教育研究会
マンガ:おちゃづけ

どんぐり・スマイル <16>
「絵をかくことで育つ力 〜想像力と共感力 その6」


頭と身体を使う工作などをすると、物事の理解も深まります。現代は、不器用な子が非常に増えていると感じます。
指先の器用さは、情緒性とも関係があるといわれていますから、人の気持ちを察することができる感性を育むには、指先を微妙に使う工作や遊びも必要だと思います。
最近よく耳にするのが、入社試験で競争率の高いペーパー試験を突破したのに、面接では、まともな会話ができない若者が少なくないという嘆きです。
勉強はできるけれども、ただそれだけという若者が増えているようです。
まずは、挨拶をしたり、物事をうまくまとめて話すことができる子供に育てること、そして物を運んだり、片付けたり、そういった事を教えるのも親の役割の第一歩だと私は思っています。
  武術研究者。甲野善紀先生の言葉より



先日、ある雑誌で「身体から革命を起こす」(新潮社)「自分の頭と身体で考える」(PHP研究所)など、多くの著書をもつ武術研究者であり、武術の身体操法をもとに、教育・介護現場など様々な分野で成果をあげている甲野善紀先生の、「子育てと教育」に関するインタビューを拝見しました。
実は、私自身は、武術と全く縁のない人間なのですが、(子供の頃、空手を習わされ、6か月で泣いて辞めてしまいました・・・)思想家・哲学者として、教育に関する様々な提言をされている内田樹先生の著書の中に、「天才武術家」として、紹介されているのが、この甲野善紀先生なのです。

今回、偶然ですが、雑誌で甲野先生のインタビューを拝見し、また改めて内田樹先生や、同じ危機意識を共有されている養老孟司先生の幾つかの著書を読みかえしてみました。

すると、今子育て中の親御さんにも非常に参考になることが、たくさんかかれていることが分かりました。

甲野先生、内田先生、そして養老先生。この3名の方が共通して訴えておられることがあります。それは現代の私たちが、「身体をおろそかにしていませんか?」「頭でっかちになっていませんか?」ということだと感じます。

たとえば、最近では小さい子供や赤ちゃんをつれたまま、夜中の12時に堂々とスーパーで買い物をしているパパ・ママを、数多く見かけます。
日中のショッピングセンターでは、大音量の音楽がガンガン流れる中を、小さい子供が大声をあげながら、走り回っています。

早期教育の名のもとに、就学前のお子さんに一日中英語のDVDを見せたり、英単語を覚えさせたり、百マス計算のタイムをはかったりしているご家庭も少なくありません。

もちろん、身近に「これはダメだよ」「赤ちゃんには、こうするんですよ」と教えてくれる人がいない、誰にも相談できずに、あふれる情報にふりまわされながら、不安と緊張の中で、子育てを強いられている、という現実もあります。

しかし、発達途上の子供の脳に英語の洪水がどんな影響を及ぼすか。

大音量の音楽やギラギラした店の照明が、どんな影響を与えるか。

「はやく、はやく」と子供をせかしたり、「あなたはダメな子ね」と否定的な言葉をあびせることの弊害に、全く気付かない。

何となく「おかしいな」と思っても、「英語耳は○○歳までに」「○○さんの家では、もう読み書きを教えている」といった、周囲の情報にふりまわされてしまう。。。。

この現状は、やはり現代を生きる私たちが、「身体の感覚を失っている」「頭でっかちになっている」と指摘されても、決して否定はできないように思います。


               

では、どうすればいいのでしょうか。

私は、まずは大人自身が「身体性をとりもどし」「頭でっかちにならない努力をすること」。そのためには、「日々の生活を、じっくりゆっくり丁寧に」「自分の感情や身体の感覚を、しっかり見つめていく」そのためには、子育て中のパパ・ママであれば、「子供と一緒になって、五感を使って遊ぶ」ことが、非常に大事であると思います。

たとえば、内田樹先生の著書「疲れすぎて眠れぬ夜のために」(角川文庫)の中に次のような記述があります。

「近年の子供たちは、小さい頃から家にこもって、マンガやゲームなどにふける傾向があります。これでは、全体的な身体感覚や背中の感覚などは、育ちようがありません」
「人間としてバランスの良い身体感受性を育てるためには、いろいろな方法がありますが、子供の遊びはそのひとつです。たとえば、ハンカチ落としという遊びがあります」

「え?ハンカチ落としって何?」
そう思われた方も、もしかしたらおられるかもしれません。

実は、この「ハンカチ落とし」は、私が小学生の頃、好きな遊びの一つでした。

さすがに、中学に入ってからの記憶はないのですが、小学生の間は、近所の公園でいろいろな年齢の子供が集まって、よく遊びました。

「ハンカチ落とし」とは、子供たちが内側をむいて円陣をくみ、鬼になった子供が目をつむっている子供たちの背後をぐるぐるまわりながら、ある瞬間に誰かの後ろにハンカチを落とす、というものです。自分の後ろにハンカチを落とされたのに気付かなかったら、その子が負けで、次の鬼になる、という比較的簡単な遊びです。

本当に単純で、「こんなものに何の意味が」と思ってしまいそうですが、内田樹先生はこの「ハンカチ落とし」は、自分を攻撃してくるものが発するわずかな身体信号を察知し、「勘」を磨くために、大変重要な身体トレーニングであるという分析をなされています。

また、この「ハンカチ落とし」だけではなく、「かくれんぼ」「鬼ごっこ」「缶けり」などの子供の遊びは、単に足がはやいとか、高いところに登れるといった単純な能力ではなく、「五感の感覚を磨き」「身体の動きを統合する」総合的な能力開発の機会であった、と総括されています。
     

前回のコラムにもかきましたが、人間は相手が何かの行動をとると、自分もその行動を頭のなかでイメージ化し、想起しなぞってみることで相手を理解するということが、最近では脳科学者の研究により、次第に明らかになってきました。(これにかかわる神経細胞群は、ミラーニューロンといわれています)

そして、相手の気持ちは、言葉やしぐさによって表現されており、その表現されている「気持ち」を察知する能力が、共感性と言われるものなのです。

私自身、社会人になって数万人の人とお話をしたり、仕事をご一緒した経験がありますが、子供のころに「子供同士でたくさん遊んだ」「喧嘩もしたけれど、仲直りもたくさんした」「一緒にお菓子を分け合って仲良く食べた」という経験が足りないまま成長すると、この「相手の表情から気持ちを察知する能力」が、なかなか育たないという現実もあると感じます。

どんな仕事をしても同じですが、社会に出て一番大事なことは、その仕事に関する「技術」だけではなく、「相手の気持ちや状態をよみとるセンス」や「想像力や共感力に基づくコミュニケーション能力」だと思います。

このように、多方面から考えてみると、幼児・児童期の「遊び」というものは、単なる「暇つぶし」ではなく、子供の発達過程において、本当に必要不可欠なものであることが見えてくるのではないでしょうか。


(次回に続く)

        2011/08/29掲載

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